第6話
妻との離婚を阻止するために、妻の実家を訪問するが・・・。
妻が出ていって11日目(火曜日)
事態がここまで来ると、
両親に黙っておくのも無理がある。
両親に電話し、事情を説明した。
妻と夜中の言い合いをしたこと。
妻が家を出て行って、もう2週間近くが経つこと。
妻も妻の両親も、一切電話に出ないこと。
妻が雇った弁護士から通知書が来たこと。
当然、両親はビックリしている。
何度も何度も聞き返してくる。
動揺しているのが分かる。
初孫が生まれたばかりだ。
これから成長を見届けるのが楽しみだったに違いない。
一通り事情を説明したあと、
父が最後にひとこと言った。
ヤマトはもう大人だ。
ヤマトの考えを尊重する。
もし何かして欲しいことがあれば、
そのときは遠慮せずに言ってくれ
父よ、心強い言葉ありがとう。
この時の電話で、父と共に妻の実家を訪問することが決まった。
先日の弁護士相談で、『訪問すること自体はそれほど問題とならない』と言われていたので、訪問する決心がついたのだった。
私は東京に住んでいる。
私の両親は九州に住んでいる。
一方、妻の実家は大阪だ。
今までは、妻の実家の大阪に行くのはとても楽しみだった。
だが、これほど大阪に行くのが遠く感じるとは思わなかった。
義父に実家に行くとメッセージで伝える。
訪問する日時も伝える。
やはり『会いません』との返信。
それでも、今行かなければならないのです!
妻が出ていって16日目(日曜日)
昼過ぎに父とJR新大阪駅で合流。
そこから在来線で妻の実家に向かう。
父と二人きりで電車に揺られる。
今回の妻との経緯を詳しく説明する。
こんなに父とじっくりと話を過ごすことは、
約20年前に大学受験について話した以来だ。
父は今どんな心境なのだろう。
こういう時、子供の頃だったらとても怒られただろう。
何も言わないのは、ヤマトをもう一人前として認めてくれているからだろうか。
父と話をしていると、大阪の妻の実家に到着した。
今日この時間に訪問することは妻の両親には伝えてある。
玄関から出てきたら、思いっきり謝ろう。
地面に頭を打ち付けて謝ろう。
例え罵倒され殴られても、ひたすら謝ろう。
許してもらえるまで謝ろう。
玄関の前で深い深呼吸をする。
そして、チャイムを鳴らす。
しかし、返事はない。
家はガランとしている。
車がない。
出かけてしまったのか。
義父の携帯に電話するも、返事はない。
大阪まで来たのに会えなかった。
もう、ため息も出なかった…。
用意してきた手紙を郵便受けに投函した。
ここまで来たという事実と、
今の私の気持ちを伝えるために。
本日、父と大阪まで参りました。
5月20日の夜、妻に言い過ぎてしまったことを深く反省しております。
今年5月から言い争いが増えてきてしまっていましたが、私の方からしっかりと歩み寄っていくべきであったと反省しております。
私が、妻との共同生活で高いレベルでサポートする心構えを持っていれば、妻の負担をもう少し軽減させることができていたのではないかと思う次第です。
今年の8月で、妻と出会ってちょうど6年になります。
知り合ってから私達はとても波長が合い、何時間会話しても飽きず、職場も近いこともあり毎日会っておりました。
結婚して4年4ヶ月ですが非常に楽しい毎日でした。
かわいい娘も生まれました。
私は、今後も妻と娘と共に生活をしたいと考えております。
それに向けて、私はどういう心構えでいるべきか、同じようなことが起こらないためにはどうすべきか、妻の生活の負担を軽減させるにはどうしたら良いかを毎晩考えております。
先日、妻の代理人弁護士から通知書が届きました。
話し合いに進むようであれば誠意を持って対応いたします。
一点、通知書に記載の暴力を行ったことは一切ございません。
最後に、お義父さん・お義母さん。
一晩の騒動で離婚なんて、それで納得するような簡単な気持ちで結婚したのではありません。
50年60年経っても一緒にいることを前提で結婚し、その気持ちは今も変わりません。
ぜひ、もう一度再出発させていただく機会をいただきたい気持ちでいっぱいであります。
以上
帰り道、私の背中を父が叩いた。
ヤマトよ。
人生今まで、色々と頑張ってきたと思う。
今回の件も、ヤマトの思うとおりしたら良いと思う。
もし何か助けが必要ならいつで頼ってくれ。
親父…。
ありがとう。
新幹線のホームで父を見送る。
わざわざ半日かけて大阪まで来てくれた。
父の毛髪は真っ白で、もうおじいさんだ。
昔の力強さは全く感じられない。
それでもやはり、父は偉大に見えた。
父よ。
ヤマトはもう大人です。
自分の問題は、自分で解決してみせます。
来週ついに妻側弁護士と協議をする予定だ。
悲しんでばかりはいられない。
妻が戻ってこないなら、それはそれで自分の生活を守る必要がある。
弁護士が何人で来ようが、
思うところを全て言ってやる!
妻が出ていって21日目(金曜日)
金曜日の仕事後。
ついに、妻側弁護士との協議の日が来た。
最初の協議は、ヤマト一人で行くことにした。
最初は、私も弁護士同伴を考えました。
しかし最初から誰かに頼りたくはなかったので、最初は自分一人で向き合おうと考えた。
もし状況が不利になると協議を打ち切って、
後日、弁護士を連れて来ようと考えていた。
とは言うものの、妻側弁護士の事務所ではとても話をする気にはなれません。
そのため、協議の場所は私から提案することにした。
よっぽど変な場所でない限り、相手が断ることはないでしょう。
妻側弁護士にとってできるだけアウェーである場所が良い。
悩んだあげく、渋谷のハチ公の近くの喫茶店にした。
渋谷と言えば、日本有数の若者の街です。
ヤマトは、その渋谷のど真ん中にある喫茶店を指定したのです。
私は、離婚協議をするというだけで戸惑ってしまう。
しかし、妻側弁護士もまさか渋谷の喫茶店で離婚協議をすることに戸惑うのではないでしょうか。
法律の素人のヤマトが、精一杯考えた結果でした。
仕事を早めに終わらせて会社を出た。
渋谷に近づくに連れて、緊張で体が震えてきた。
喫茶店には、ヤマトの方が先に着きました。
注文したコーヒーが運ばれて来ると同時に、
スーツ姿の3人組が店に入ってきました。
私は、立ち上がってその3人組を見ました。
3人組もこっちを見ました。
ついに、妻側弁護士と御対面です。
ヤマトよ、落ち着くんだ。
今日の協議の目的は、双方の意向の確認だ。
細かい議論になるようなら返事は保留しよう。
決して熱くならないように。
余計なことは言わないように。
冷静に、冷静に。
妻側弁護士3人と対峙すると、お互い会釈し、テーブルに座りました。
ヤマトの目の前には、3人の弁護士が座っているのでした。
・60歳台半ば。
・言葉にとても勢いのあるおじいさん。
・威嚇は容赦ない。
40歳前後。
今回のメイン担当。
落ち着いた話し方。
30歳前後。
カバン持ち&メモ係。
送付いただいた通知書は拝見しました。
現時点の妻の意向を聞きたいのですが。
離婚したいという気持ちに変わりありません。
誇張して言っているのではありません。
言い争いの日のことを考えると、彼女はもう戻れないと言っています。
あなたも離婚に同意するのであれば、離婚前提で話を進めたいと思っている。
あなたとしてはどうしてもヨリを戻したいという気持ちなのか?
私は、あの喧嘩で離婚など納得できない。
ヨリを戻したいという気持ちは揺るぎない。
あなた方は、妻と会ったり電話をしたりはしているのか?
喧嘩から20日経って妻の離婚に対するトーンに変化はあるか?
一番直近は、2日前に電話をした。
時間が経ってもほとんど変化はなく、離婚の意思は固い。
なるほど…。
我々は弁護士として離婚の意向の確認は毎回慎重に行っている。
その上で申し上げるが、少なくとも、離婚をするかどうかで迷っていることは一切無い。
直近においても、離婚の意思は固いのは入念に確認している。
離婚の決意は固い・・・か。
私の手紙やメッセージは効果無かったのか。
あぁ…、どうしたらいいんだ。
いや、もしかしたらまだ興奮しているだけかもしれない。
そうであって欲しい…。
そうだ。
もし本気で離婚を考えているのであれば、離婚条件なども考えているのか?
離婚するにしても養育費などの離婚条件について、妻はそれぞれについてはどう言っているのか?
奥さんは、ヤマトさんの離婚反対の意思は固いだろうと思っているので、まだ条件については考えていない。
正直、離婚調停の手続きも進めている。
我々としては、調停の場の方が円滑に話を進められるのではないかと考えている。
もし妻が調停を申し立てるのであれば、私は調停で自分の主張をするだけです。
妻は、調停で話し合いをすることを望んでいるのですか?
奥さんは、調停での話し合いを強く望んでいます。
養育費や財産分与についてきちんと話をしたいと思っているので、第三者に間に入ってもらいたいと思ってらっしゃいます。
我々は立場上、ヤマトさんの意向を聞く訳にはいかないので、ヤマトさんも弁護士を付けるなりされても良いと思う。
まぁ、調停は弁護士がいなくても進められるが。
調停は話し合いの場なので、離婚に合意するのかしないのか、離婚するとしたらどういう条件にするか、それを協議する場として調停を利用したいと思っている次第です。
わかりました。
最後に妻に伝えて欲しいことがあります。
娘の写真か動画が見たいと伝えてください。
わかりました。
奥様に伝えておきます。
今後とも、いろんな点でお話することになると思うが、よろしくお願いいたします。
この日の協議は、時間にして約20分。
お互いとても落ち着いた話し合いだった。
当初は、激しい議論を予想していた。
3人でとことん追い詰めてくることを想像していた。
だが、いたって普通の会話だった。
今後もこんなペースで話し合いを進めていくのかな。
もしかして、意外と相手は私の考えを分かってくれるのではないか。
そうであるなら、私は弁護士に依頼する必要はないのではないか。
だが、この予想(希望)は覆されることとなる。
なによりもこの時点では、
離婚の話し合いが想像以上続くことになるとは、
思ってもいなかった・・・。